[Happy Mother's Day] 親子のあり方は人それぞれ

シンガポールとロサンゼルスというなんとも長距離な母娘。昔から違う国にいたり別居したりでなんだかんだ一緒に住んでないことも多いです。

それでも今までの私たちの母娘のカタチってとっても幸せだねと母の日にお礼を言いたいです。

(去年母とAnterope Cannionに行った時の)


うちの母は高卒ながら外資系トップ3くらいまで上り詰め、私を10年間私立に入れてくれた頭の上がらない人なんですが、きっと当時は表面的には母親失格だったのかも知れません。

家庭的でなかったという意味では。


※以前記事にした時のものもご参考までに。


私の思い描く家庭的な良い母親は、毎日お母さんがお弁当をもたせてくれて、帰ったらご飯を用意して待っていてくれる、そして洗濯物もしてくれて、何でも相談できる完璧で優しい母!でした。(メディアの情報ベース)


けれどもうちの母は全く一つもしてくれませんでした。笑 


まぁ何でも相談はできたかな。厳しかったけど。



自分が社会に出て、子どもを考えるようになって、こう思うのです。


「あの人こそワーママのパイオニアだったな」と。


仕事と家庭の両立が難しいこと、

保育園に迎えに行けないこと、

休みの日くらいゆっくりしたいけどできないこと、

PTAなんてなくなれと思っていたこと、

働き詰めで他のお母さんたちに「お子さんが可哀想」と言われること…


今議論されているワーママの厳しさを自ら経験して教えてくれた人でした。


私と過ごす時間を犠牲にしてまで働かなければならなかった母もまた辛かったと思います。


本人は今でも私に寂しい思いをさせてしまったと思っているようですが、私は全くきにしておらず、むしろ


「先にママちゃんが経験しててくれて良かったわw」

という気持ちでいっぱいです。


一番近くに一番ワーママを理解している人がいることの安心感。


これも成長してからでないと気付けないのだけど。



母とはあまり一緒に過ごせなかったし、いきなり私を置いて1年海外に行っちゃうしw、甘えたい時には確かになかなか甘えられなかったけど、それも今となっては私のためだったのだとわかるし感謝でしかないです。


だからいつも母には感謝しています。



私は「共に過ごす時間が長いことがいい親子の形」とは一概に言えないと思います。

だから、「産後数ヶ月で復帰するなんて子どもが可哀想」とか「出来合いの惣菜なんて添加物がいっぱいなのに」とか「保育園のバッグも市販のものだね」とか…


他人が口出しする必要はないと思うわけです。


親子のカタチは人それぞれ。


30手前の母の日にようやく気付くことができました。


最愛のママちゃん、苦労かけたけど元気に長生きしてください。

いつもありがとう。

Mikari's Life Log

シンガポール在住の金融ウーマンが綴る、Fashion, Gourmet, Travel, Careerなど。

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